決勝戦まで予定をたてる

何があっても志学館野球を応援し続けたい。

ただ単に野球が好きとかそんなことではない。

川俣野球が好きなんである。

30年もその虜になっている。

志学館は進学校、故に勉強が中心であると言うことは当たり前のことではあるが開校当時は学校全体が未熟で部活動は悪しという風潮が蔓延していた。

当部活動も同じ事。対外活動はコンクールしか認められず練習も時間をかけてしようとすると待ったがかかった。

その頃の生徒達にはエネルギーに満ちあふれそれでも何かをしたいという気持ちがひしひしと伝わってきた。

開校当時から野球部員のモチベーションの高さと成長の度合い、学校全体を率いているような感じがした。学校全体も彼らの存在を粋に感じていた。

指導者の愛情と指導の深さは語り尽くせないが『聖地への疾走を読んでもらいたい。

 

思いがけなく今年の彼らの挑戦は終わった。

スポーツは非情だ。これも学びだというならその通りで全てが学びだがそれでもむごく感じる一日であった。

どれだけ努力をしても、常に必死に取り組んでいても、どんなに素晴らしい指導者に恵まれていても、負けるときは負けるのがスポーツなのだろう。

そんな場面に30年間陰ながら見守ってきた存在が当部活動なのかも知れない。

負けたときは『青春のロザリオ』を聴くことにしている。19期生の時だったろうか、県立佐倉高校相手にノーヒットノーランで快投しながら敗れた試合の後作曲された作品で音は古いがよくドラマをとらえているところが大好きだ。

そして28期の少年がその学年の練習風景を映像にしている。

 

今日もグランドで一二年生の野球部員が直向きにティーバッティングをしている。

 

明日は当部活動も初ステージ。まだ一度も二作品を通して演奏できない。次は野球部の分も必死に演奏させるように頑張ってみようと思う。