オレンジ色の時間

●「オレンジ色の時間」                           西川 圭介

 

 放課後の風景がオレンジ色に染まる。教室の片隅で、ひとり隠れてため息をついた。

 もっと、上手くできたらよかったのに。高台にある校舎5階のそこかしこから、楽器の音が響いてくる。窓辺に見える東京湾の向こうで、ビル群が夕焼けの底に沈もうとしていた。

 

 1980年代後半、今でいう志学館高等部の5期生だった私は、吹奏楽部でホルンを担当していた。音感がいいわけでもなく、小さいころからリコーダーでも演奏は遅れがちだった。それでも楽器に淡い憧れを抱いていたのだが、才能のなさを思い知らされるとどうにも気落ちしてしまう。格好の悪さをうまく説明できない自分が面倒になり、とうとう1年の途中で部活を辞めてしまった。もっと気楽な高校生活を送ろうと思ったのだが、いざ辞めてしまうと、気が休まるどころではなかった。

 学校から帰る私を、あの聞き慣れた音が追いかけてくるのだ。打楽器はハードロックばりにビートをはじき、木管の掛け合いは小鳥のおしゃべりのよう。金管はたまに音が外れたが、素直で、明るかった。自転車のペダルをこぐ足を踏ん張ってみても、音は頭から離れない。上手いとか下手とかの問題ではない。ありのままの自分に向き合い、まっすぐであることの潔さと力強さを思い知らされた。もう降参するしかなかった。

 夕日が差す部室前の廊下で、モジモジとしている私を見つけた先輩が、笑って助け舟を出してくれた。「やりたいんだろ。いいから、また来いよ」まだ若く、小さなバンドだったが、そこでめぐりあったメンバーは、とびきり素敵だった。仲間の成功は自分のこととして自慢したし、失敗には見て見ぬふりをせず、それでいて、おおらかだった。弱さも、強さも、ありのままの自分を認め合った。

 

 あれから20年以上の時が過ぎ、大人になった私は、高校生のころ、海のかなたに見えた東京のビル群で、社会人として多くの時を過ごしてきた。徹夜明けのオフィスで朝を迎え、朝食のパンと牛乳を手に、風景が朝焼けに染まっていくのを眺める時、あの時の音色が心のうちから聞こえてくる。生活することの重さにおしつぶされそうになり、諦めと達観のうちに身を隠してしまいたいと思う時、あのまっすぐな音が、また私を追いかけてくるように感じるのだ。そうだ、たとえいまここに楽器がないのだとしても、私たちは、自らのうちにいつもそれを携えている。異なる道を歩んでいても、どんなに年齢を重ねようとも、若かったあのころ、仲間たちと刻んだひたむきな時間は、いつまでも色あせることはない。真剣に打ち込んだからこその特権を、私たちは手にしている。耳をすませば、聞こえてくる。懐かしさといとおしさに満ちたあの音色が。情熱と勇気と優しさに満ちた時間は、胸のうちを、いまも流れている。

               

2013年3月  (5期部長 現・朝日新聞千葉総局次長)